が、もう打頷く咽喉の影が、半襟の縫の薄紅梅に白く映る。……
 あれ見よ。この美しい女は、その膚、その簪、その指環の玉も、とする端々透通って色に出る、心の影がほのめくらしい。
「ここだ、この音なんだよ。」
 婦人は同伴の男にそう言われて、時に頷いたが、傍でこれを見た松崎と云う、絣の羽織で、鳥打を被った男も、共に心に頷いたのである。
「成程これだろう。」
 但し、松崎は、男女、その二人の道ずれでも何でもない。当日ただ一人で、亀井戸へ詣でた帰途であった。
 住居は本郷。
 江東橋から電車に乗ろうと、水のぬるんだ、草萌の川通りを陽炎に縺れて来て、長崎橋を入江町に掛る頃から、どこともなく、遠くで鳴物の音が聞えはじめた。
 松崎は、橋の上に、欄干に凭れて、しばらく彳んで聞入ったほどである。
 ちゃんちきちき面白そうに囃すかと思うと、急に修羅太鼓を摺鉦交り、どどんじゃじゃんと鳴らす。亀井戸寄りの町中で、屋台に山形の段々染、錣頭巾で、いろはを揃えた、義士が打入りの石版絵を張廻わして、よぼよぼの飴屋の爺様が、皺くたのまくり手で、人寄せにその鉦太鼓を敲いていたのを、ちっと前に見た身にも、珍らしく響いて、気をそそられ、胸が騒ぐ、ばったりまた激しいのが静まると、ツンツンテンレン、ツンツンテンレン、悠々とした糸が聞えて、……本所駅へ、がたくた引込む、石炭を積んだ大八車の通るのさえ、馬士は銜煙管で、しゃんしゃんと轡が揺れそうな合方となる。

クレジットカード審査鬼の居ぬ間の洗濯